ESCAPEは逃げるだけじゃない

翻訳の勉強をするには、上手な人の翻訳作品を書き写すのが一番だと思っています。今は行方昭夫さんの『英文精読術』を書き写しています。

 

サマセット・モームの『Red』について、行方さんが細かく解説し、翻訳しておられます。その中に次の一文があります。

 

The soul which he had glimpsed escaped him.

 

行方さんは、これを次のように訳しています。

 

彼がふと垣間見た魂は彼のものにならなかった。

 

素晴らしいと思いませんか。何がすごいって、この「escape」の訳ですよ。「~のものにならない」なんて訳語、ふつうは思いつきませんよ。

 

「escape」の他動詞の用法として、辞書には、免れる、退ける、捨て去る、思わず出る、ふと漏れる、こぼれる、注目されない、目にとまらない、記憶から抜け落ちるという訳語が載っていますが、そこから発展させて「~のものにならない」という訳語を思い浮かべるとは、さすがは東京大学名誉教授です。

 

まじめに感服しました。こんな名訳ができるようになる日が、僕に訪れるのだろうか。