名訳集1
翻訳という仕事を20年ほど続けている僕は、当たり前のことですが、英語の勉強を毎日しています(自慢ではないですよ)。勉強していると(勉強とはいっても、上手な人の訳を書き写しているだけですが)、ときには名訳にふれて感動することがあります。そんな名訳を紹介すれば、英語学習者の一助になるのでないかと思って、これからいくつか紹介していきたいと思います。
最初はサマセット・モームの『The fall of Edward Barnard(エドワード・バーナードの転落)』からです。訳者は行方昭夫さんです。
I thought you hadn't succeeded in what you set out to do and were ashamed to come back when you'd failed.
君が予想通りに仕事が運ばず、失敗したのが恥ずかしくて帰国しないのだと見当をつけたんだ。
これまでに僕がいちばん感動した訳です。
「I thought」に「見当をつける」という訳を当てるなんて、僕にはできない芸当です。「succeed in」を「予想通りに~が運ばない」と訳すセンスは、どうやったら身につくのでしょうか。
「what you set out to do」を「仕事」とまとめるところもお見事です。でもこれは文脈によるかな。
「come back」を「帰国」とするのも文脈によるかな。国境を越えていなければ、「里帰り」かな?
僕が翻訳家として大成しなかった理由がわかるような気がします。だんだん気分が落ち込んできたので、ここまでにしておきます。
翻訳の練習問題19(解答)
何の変哲もない英文が問題でした。
When I think of the great hopes you had when we left the college it seems terrible that you should be content to be no more than a salesmen in a cheap-John store.
何がポイントかというと、自然な日本語にするためには、人称代名詞をなるべく訳出しないということです。
行方昭夫さんの訳を見てみましょう。
大学を出たとき、君が抱いていた大きな夢を思うと、その君が安売り店の店員なんかで満足しているなんて、ぞっとするな。
「I」と「we」は訳出されていません。日本語では、「私は」とか「彼は」とか、あまり言いませんよね。日本語では明白な主語を省くのがふつうですから、強調するとき以外は訳出しない方が自然な日本語になります。
アメリカ人の知り合いが、英語で主語の「I」を絶対に省かず、しかも大文字で表記するのは、アメリカ人が自分勝手だからだと言っていましたが、どうでしょうかねえ。
翻訳の練習問題19
サマセット・モームの『The fall of Edward Barnard(エドワード・バーナードの転落)』から出題します。
When I think of the great hopes you had when we left the college it seems terrible that you should be content to be no more than a salesmen in a cheap-John store.
簡単な英文なので、解釈を誤ってしまうことはないでしょう。「I」が「you」に向かって話している台詞です。「I」と「you」は親友で、「we」はもちろん「I」と「you」のことです。自然な日本語にしてください。
翻訳の練習問題18(解答)
コンピュータソフトウェアに関する英文が問題でした。
This button can be used to send a reset request to all the lower-level modules through an additional operating dialog.
TO不定詞の訳し方がポイントです。くれぐれも次のような訳をしないように。
このボタンは、補助操作ダイアログを介してリセット要求をすべての下位モジュールに送信するために使用できます。
間違いではありませんが、これは直訳であって、翻訳ではありません。「このボタン」と「使用できます」が離れているから、読みにくい日本語になっています。
TO不定詞が出現したら、上から訳せないかどうか検討してみてください。この英文の場合、「to send」の前までを先に訳すと自然な日本語になります。
このボタンを使用し、補助操作ダイアログを介してリセット要求をすべての下位モジュールに送信できます。
文脈によっては、次のような訳し方もありです。
補助操作ダイアログを介してリセット要求をすべての下位モジュールに送信するには、このボタンを使用します。
ボタンについて解説している段落では上の訳になるでしょうし、リセット要求の送信方法を説明する段落であれば、下の訳し方になるでしょう。その段落で何に重点が置かれているかによって、訳文の構成を変える必要があります。
段落で何に重点が置かれているかは、そんなに気にすることはないでしょう。ふつう、操作方法を説明する段落であれば、次のようにTO不定詞が文頭にきますから、英文における情報の出現順に訳していけばいいのです。
To send a reset request to all the lower-level modules through an additional operating dialog, follow these steps.
翻訳の練習問題17(解答)
ドイツ人と思われる人が書いた英文が問題でした。
Lower-level AAAs have different operating modes.
この英文の述語は「have」です。「have」や「get」など、一般的な動詞が述語である場合は、その周りに形容詞がないかどうか調べてください。形容詞が見つかったら、その形容詞を日本語の述語にします。
この英文の場合は、「different」を日本語の述語にします。
下位AAAの操作モードはさまざまです。
この「different」は「異なる」ではありませんよ。この「different」が修飾する「mode」が複数形ですから。「mode」が単数形なら「異なる」です。
翻訳の練習問題17
いつもサマセット・モームだとつまらないから、今回は実際の仕事で出会った英文から出題です。
Lower-level AAAs have different operating modes.
ドイツ人と思われる、英語を母国語としない人が書いた英文なので、私は慣れてしまって感じませんが、ちょっと癖があると思われるかもしれません。翻訳の仕事をしていると、サマセット・モームのような名文を訳すことはほとんどなくて困ってしまいますが、怖がることはありません。経験を積んで慣れてしまえば、悪文でも簡単に訳せるようになります。
英語を母国語としていなくても、ヨーロッパ言語を母国語としている人の英文はまだましです。ベトナム人が書いた英文を訳したことがあるのですが、これにはほとほと困りました。英文法を無視して英単語を並べているとしか思えないんです。でも、不思議と意味は分かるので、何とか日本語にして納品しました。
悪文を訳すときに気になるのが、どこまで綺麗な日本語にするかということです。
話を元に戻します。
「日本語では形容語句が力をもつ」が今回のポイントです。きれいな日本語に訳してください。