『英文読書術』行方昭夫

私が自分の父親よりも尊敬する王貞治さんは、テレビのインタビューに答えて次のように言っています。

人間だからミスして当たり前って言うでしょ? そういう意味で、プロは人間ではない。

これだけ自分に厳しかったから、868本もホームランを打てたんですよね。1980年に王貞治さんがこの記録を打ち立てて以来、この記録を破る人はいまだに現れていません。

私はこれでもプロの翻訳家ですから、翻訳に関しては人間であってはならないんです。

10回やったら10回できて当たり前。100回やったら100回できて当たり前。

王貞治さんは上のようにも言っています。

私も翻訳でミスしてはいけないわけです。

だから、毎日、ほんのちょびっとずつですけど勉強しています。勉強していると気づくことがあるんです。自分のことを棚に上げて、他人のミスに気付くことがあるんです。

『英文読書術』という本があって、ナサニエル・ホーソーンの『David Swan』という短編が紹介されています。その中に次のような一文があります。

These were a couple of rascals who got their living by whatever the devil sent them, and now, in the interim of other business, had staked the joint profits of their next piece of villainy on a game of cards, which was to have been decided here under the trees.

この英文の訳は次のようになっています。

彼らは悪漢であり、悪魔の支持するどんな悪事でもやってのけて生計を立てていた。今は、他の仕事の合間に、次の仕事での共同の儲けを賭けて、木の下でトランプをやろうとしたのだった。

「whatever the devil sent them」は、直訳すると「悪魔が彼らに送ったものなら何でも」ですから、悪魔からの命令には何でも従うという意味だと思うんです。だから、「支持」ではなくて「指示」ですよね。「悪魔が悪事を支持する」のではなくて、「悪魔が悪事を指示する」んですよね。

東大名誉教授の訳ですから、私が間違っている可能性が高いのですが、どうしても納得がいきません。どうしてこの英文の訳に「支持」を使うのか。だれか教えてください。

『百人一酒』俵万智

お酒を話題にしたエッセイです。よくまあ、お酒の話をここまで続けられるよな、と感心してしまいます。本当にお酒の話だけなんですよ。たまにはお酒以外の話も混じるだろうと思っていたら、108話すべて、最初から最後まで徹頭徹尾、正真正銘、お酒の話だけ。俵万智さんって、本当にお酒が好きなんですね。

好きこそ物の上手なれで、お酒の知識の深いこと、深いこと。読み始めると楽しくて、どんどん読み進められます。予想がつくとは思いますが、読むとお酒が飲みたくなります。それだけではなく、実際には飲んでいないのに、ほろ酔い気分になってきます。俵万智さんの言葉の魔術なのでしょうか。

ほろ酔いかげんでどんどん楽しく読み進めていくと、だんだんお腹いっぱいになってきます。別の言い方をすると、鼻につくようになってくるというのかな。シャトーがどうのこうの、ビンテージがどうしたこうした、このお料理にはこのワインを合わせるとか、そういうお洒落な話になってくると、ダサい僕は反感を持ってしまうんだな。高価なお酒をごちそうになったなんて話を聞くと、やっぱり俵万智さんは僕とは別世界の人なんだなって思ってしまうのは、僕のひがみ根性が強すぎるんだろうな。

SICKってヤバイよね

私はこれでも翻訳家の端くれなので、たまには英語の話題を。

「sick」という英単語を小学館ランダムハウス英和辞典で調べると、次のように定義されています。

1. 病気の、かげん(ぐあい)が悪い
2. むかついて、吐き気を催して
3. すっかり不愉快になって、うんざりして、(熱望で)こがれて、悩んで
4. 心(道徳心、感情)がおかしくなった
5. 病的な、不健全な
6. 気味の悪い、ぞっとするような
7. 病人の、病人のための
8. 病気に伴う、病気を示す、病気を思わせる
9. いやでたまらない、しゃくにさわって、むしゃくしゃして
10. 調子が狂って、ぐあいが悪くて、不調で
11. 月経中で
12. 十分な収穫を上げられない、有害微生物を含む

良い意味はないようです。

ところが、YouTubeで動画を見ると、この「sick」が良い意味で使われていることがあります。https://www.youtube.com/watch?v=3QjI_ddV88oをチェックしてみてください。少年が小包を開けてけん玉を取り出しているのですが、「sick」を連発しています。

it's pretty sick it's a mystery kendama unboxing
Oh boys boys this is sick
holy this is sick

その少年は、「sick」を連発しているからといって、そのけん玉が気に入らないようではなく、それとは正反対に心の底から喜んでいる様子です。たぶん、この少年は、日本語の「ヤバイ」という感覚で「sick」を使っているのでしょう。

「ヤバイ」という言葉は、私が若いころは悪い意味でした。「先生にバレたらヤバイよ」というように使っていました。今の若い人たちは、この同じ「ヤバイ」を良い意味で使うんですよね。関西方言の「めっちゃ」と組み合わせて、「めっちゃヤバイ」などというように使われているのをよく耳にします。私がけん玉の難しい技を決めたとき、10歳年下のけん玉仲間が、「うわっ、ヤバッ」と「ヤバイ」の短縮形を使って驚きを表現したときは、褒められているのかけなされているのか、一瞬とまどいました。

「sick」にも、「ヤバイ」と同じような意味の変化が起こっているのでしょうか。それとも、YouTubeのこの少年だけが特殊なのでしょうか。

『やっぱり、ひとりが楽でいい』岸本葉子

岸本葉子さんのエッセイからは、何となく淋しさを感じてしまいます。これまでに読んだ岸本葉子さんの本が、癌を患った後のものばかりだったからでしょうか。癌になる前の作品は面白おかしいかもしれないと思って、この本を選んでみました。

なぜ淋しさを感じてしまうのか分かりました。岸本葉子さんは孤独を愛する人だったんですね。人と関わることを極端に嫌い、独りでいることを存分に楽しむ人だったんですね。

僕も、カッコよく言えば、孤独を愛する人間です。でも実際は、僕が変わり者だから人が寄ってこなくて独りぼっちでいるだけなんですけどね。本当は人と関わり合いたいから、人と会うときははしゃいでしまって、その結果、周りから変人と思われてますます孤独になっていってしまうんです。人から変人扱いされないためにはどうしたらいいんだろう、なんて悩んだりして、人と関わるたびにそんなに悩むんだったら、人付き合いなんかやめた方がいいのかもなんて考えてしまって、自分から孤独になったりするんです。

だから、淋しそうにしている人というのは、本当は人との交流を待ち望んでいるものだと思っていました。けど、そうではなくて、本当に心の底から独りでいることを楽しむ人がいるんですね。驚きました。岸本葉子さんが3日も家にこもって平気でいるなんて。

かと言って、岸本葉子さんを変人扱いしようなんて思いません。むしろ尊敬します。しっかりした考えを持って、人に媚びずに生きてゆく姿はかっこいいではないですか。見習わないといけないな。

缶ビールの異物

昨日の晩、ギネスビールを飲んだら、缶の中に何か固形物が入っていました。冷蔵庫が冷たすぎてビールが少し凍ったのかな、そういえば味がおかしかった気がするな、と思っていました。

今朝、その缶を振ってみると、まだ固形物があります。昨晩は寒かったから氷が融けなかったのかなと思っていました。

夕方、まだ固形物があります。今日は暖かかったから、氷が融けないはずありません。すぐに缶切りで缶を開けてみたら、驚いたことに、ピンポン玉のようなものが入っているではありませんか。異物混入だ。すぐにメーカーに連絡しないと。缶に電話番号が書いてあるだろう。

缶を調べてみたら、クリーミーな泡を作るために球体を入れてあると書いてありました。もっと大きく書いてくれよ。びっくりしたなあ、もう。

ビールが凍っていたから味がおかしかったなんて、私の味覚はどうなっているのだろう。

『すらすら読める土佐日記』林望

古典はおもしろい、と林望先生はおっしゃいます。たしかに、数百年も読み継がれてきたのですから、古典には何かが含まれているのでしょう。でも、特に土佐日記は、和歌の素養がないと楽しめないかも。その古典が書かれた時代背景を知っているかどうかよっても、どれだけ楽しめるかが決まるような気がします。教養のない僕にはちょっと無理なのかな、なんて悲しくなったりします。

でもやっぱり古典には何かがありそうで、その何かを自分のものにしたいから、もう少し他の古典も読んでみようかな。現代語訳でないと読めないけど。

『捨てきらなくてもいいじゃない』岸本葉子

新聞や雑誌に掲載されたエッセイをまとめた一冊です。

前にも、この人が書いたエッセイを読みましたが、この人の書くエッセイには、モノについて書かれたものが多くて、人が出てくることは稀です。女性ですから、ファッション関係の服とか化粧品とか装飾品とかが出てくることが多く、仕事柄のためか、本もよく出てきます。でも、なぜ人がほとんど話題に上らないのでしょうか。人が出てこないから、どこかしら淋しさを感じてしまいます。

まあ、たまたま選んだ本がモノに関するものだったのかな。岸本葉子さんが癌になる前に書いた本は違うのでしょうか。次は、岸本葉子さんの古い本を読んでみようかな。